パラオ口頭伝承の継承と教育をめぐる実践的共同研究
研究代表者:紺屋 あかり(お茶の水大学 プロジェクト教育研究院)
共同研究者:石原 昌英(琉球大学 法文学部)
共同研究者:Kiblas Soaladaob(L.I.F.E Schools)
共同研究者:Loyola Darius(L.I.F.E Schools)
【平成28~30年度 共同利用・共同研究実績報告】
研究成果
本プロジェクト最終年度にあたる本年度の研究成果としては、次の3点があげられる。
1) 論文投稿
代表者は、パラオの口頭伝承のテクスト化実践をめぐるローカル-ナショナルな取り組みについて分析した論文「パラオ口頭伝承のテクスト化をめぐる人々の実践—ことばの物象化に着目して—」を投稿した(平成30年度)。現在、査読中である。
上記論文は、平成28年度以降に実施してきた、京都大学等での文献調査、並びに今年度実施したフィールドワークで得た知見に基づく成果として位置づけられる。
同論文の概要は、以下の通りである。
「本稿は、島の固有言語の次世代継承が危惧される昨今のミクロネシアのパラオを対象に、口頭伝承のテクスト化をめぐる人々の実践を通じて、ことばが物象化する過程を明らかにすることを目的とする。また、テクスト化という行為が、口頭伝承の実践や継承にどのような影響を及ぼしているのかについて検討する。
オセアニアを対象とする近年の言語人類学研究は、オングによる声と文字との二項対立的見方[Ong 1982]に対する批判的立場に立脚したうえで、speechとwritingを、オーラリティからリテラシーという一方向的な流れ、あるいは近代化と理解するのではなく、ボイシング(voicing)――ことばを行為すること――の一つの実践形態と定位し直した[Finnegan 1988, Besnier 1988, 1995]。そのことによって、オーラリティとリテラシーとの相互的関係性だけではなく、識字法をめぐる地域固有性が実証された[Besnier 1988: 732]。
パラオでは公用語としてパラオ語と英語が使用されていて、人々は、家庭、学校、職場、コミュニティ社会などで日常的に両方の言語を使い分けながら生活を営んでいる。修学や労働でグアムやハワイなどの英語圏に移住していく人も多く、また、逆に海外労働者の受け入れに伴い、国内での英語使用の機会も増えている。インターネット普及の拡大やグローバリゼーションの状況下においては、特に若年層のパラオ語離れが顕著にみられる。こうしたパラオ語離れの加速する状況下において、口頭伝承の次世代への継承が危ぶまれており、近年切迫した課題となりつつある。
本稿では、上記の言語人類学的研究の流れと現代におけるパラオ語離れの現状をふまえつつ、口頭伝承のテクスト化を生活実践として取り入れはじめた日本委任信託統治領期以降から現在までを対象として、ローカルレベルでの個々人による口頭伝承のテクスト化の実践と、アメリカ信託統治領後期に始動したナショナルレベルでの文化促進運動における口頭伝承の採集・テクスト化への取り組みに着目し、パラオ社会における口頭伝承のテクスト化の今日的状況とその特質を明らかにする。」
Besnier, Niko
1988 The Linguistics Relationships of Spoken and Written Nukulaelae Registers, Language vol.64, No.4, 707-736.
1995 Literacy, emotion, and authority: Reading and writing on a Polynesian atoll, Studied in the Social and Cultural Foundations of Language No. 16, Cambridge: Cambridge University of Press.
2009 gossip: And the Everyday Production of Politics, Honolulu: University of Hawai’i Press.
Finnegan, Ruth
1988 Literacy & Orality: Studies in the Technology of Communication, New York: Blackwell Publications.
Ong, Walter J.
1982 Orality and Literacy: The Technology of the Word, Routledge a division of Routledge, Chapman and Hall.
2) フィールドワークによる歴史語りの採集・分析・翻訳
代表者は、2018年8月24日から31日の7日間、パラオのバベルダオブ島の3州(マルキョク州, アイライ州, アイメリーク州を中心に)にてフィールドワークを実施した。マルキョク州で2種類、アイライ州で9種類の歴史語りを採集した。アイメリーク州では、図像やバイ(集会所)の管理方法、歴史語りなど村落の文化や歴史を活用した文化ツーリズムへの取り組みに関する事業内容についての聞き取りを行った。
採集した歴史語りは、語りの音源をベースに英語・パラオ語にそれぞれ翻訳した。
3)デジタルアーカイブ映像の制作
代表者は、フィールドワークによって採集した村落語りのデータをもとに、それらを映像資料化した。映像の内容は、アイライ州の村落語り9種類を、それぞれパラオ語・英語で解説したもので、村落語りにまつわる図像のイメージとともに音源とイメージ(写真・映像)を掛け合わせている。作成したアーカイブ映像は、アイライ州政府へ寄贈する。寄贈した映像は、現在同州政府が促進している文化ツーリズム事業で活用される予定である。また、ベラウ国立博物館でのアーカイブ保存、NGO(The Island Ark Project)が運営・管理するOnlineデータベース:Safeguarding Culture Onlineにて2019年夏頃公開予定である。
資料1:アーカイブ映像の一部(タイトル)
資料2:アーカイブ映像の一部(歴史語り「アイライの神と友人」より)